2007年12月03日
昔から思ってましたけど、、
この人たちってすごいですよね!?
海人「あま、うみんちゅ(沖縄方言)、かいと(伊豆地方など)」とは、漁師全般を指す。現在においては、潜水漁を行う人を指す。「海人」は漁師を指すことがあるが、漁師としての海人は漁師を参照。
海人は、(1)船上で漁を行う者、(2)磯で漁を行う者、(3)潜水して漁を行う者に分けられる。 男性の海人を「海士」、女性の海人を「海女」と区別して記されることがあるが、いずれも「あま」と呼ばれる[1]。
古来、海人を主題とした文学作品も多い(例歌 見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず 殷富門院大輔 『千載集』所載)。能楽作品にも、海人をテーマとした作品がある。この作品に関しては海人 (能)で述べる。
最古の記録は『魏志倭人伝』にあり、海中へと潜り好んで魚や鮑を捕るとある。また、神奈川県三浦市毘沙門洞穴遺跡より、1世紀前後と見られる鹿の角でできたアワビオコシと見られる遺物が見つかっている。
『万葉集』などで、讃岐国、伊勢国、志摩国などで潜水を行う海人の記述が確認できる。筑前国などでは白水郎と記されている。このことから、中国、四国地方より東では潜水する海人を海人と呼び、九州地方では白水郎と呼んでいたことが伺える。
『万葉集』では真珠、鮑などを採取する為に潜ることをかずく、かづく、かずきなどと呼ぶ。現在これらの表現する地方は、伊豆、志摩、及び徳島の一部の海女であり、房総ではもぐる[2]、四国では、むぐる、九州ではすむと呼ぶ。
大正時代まで、磯手ぬぐいを除き、様相は一般の海女とは殆ど差違がない。現在、これらの多くは「海人着」と呼ばれる全身を覆う白い服を着て漁をする。ウェットスーツが普及した後もその上から磯着を着ることもある。
(以上、ウィキペディアより引用)
すごく危険な仕事だと思います。。
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